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    <title>特集記事</title>
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    <title>&quot;Switch the World !&quot; vol.10「ぼくらをじっと視つめてこういった。」</title>
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    <published>2012-01-13T07:29:53Z</published>
    <updated>2012-01-13T03:07:22Z</updated>

    <summary>日本とバングラデシュの大学生たちによる 教育ソーシャルビジネス挑戦記</summary>
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        <![CDATA[<p>「さて、はじめようか。」</p>

<p>そう言いながらサングラスの男が、どすっと中央のソファーに腰を下ろす。<br />
すっと、部屋の空気が変わったのがわかった。<br />
ぼくは周りを見回してみた。<br />
彼を囲むように「コ」の字になって座っているジャファー、ジョナイ、それに短期滞在中で同席してもらったマユコも、顔に緊張の色がみえる。<br />
向かいに座る今回の場をセッティングしてくれたサジッドが、こっちを見ながらうんとうなづく。</p>

<p>いよいよはじまる。<br />
ぼくは最初に発するための言葉を探して口を開こうとする。<br />
すると、そのサングラスの男は何かを感じ取ったのか、自ら二声目を発した。<br />
それがなかなか衝撃だった。</p>

<p>「さあ、ご覧の通り、わたしは目が見えません。」</p>

<p>わかっていたはずの一言も、いざ突きつけられると、ぼくの肌は思わず鳥肌が立ってしまっていた。<br />
彼のサングラスの色は、濃く、深い。<br />
一段と静まってしまった部屋の空気を察したのか、彼は続ける。</p>

<p>「とはいっても、遠慮入りません。<br />
目は見えませんが、その分、よく『感じること』ができます。<br />
おまけに耳だって聴こえるんです。どうぞリラックスして。」</p>

<p>部屋の空気がちょっと緩んだ。<br />
ぼくもなんだかほっとした。</p>

<p>「あ。申し遅れました。モンスール・アハメドです。<br />
さて、今日はわざわざようこそ。まずひとりずつ自己紹介でもどうでしょう？<br />
みなさんが何をやっているのか、お聞かせ戴けますか？」</p>

<p>それから順々と自己紹介がはじまった。<br />
ひとりひとりいつもより幾らか声を大きくはっきりして喋ってるように聴こえる。<br />
しかし、不思議だ。<br />
僕の番、自己紹介をしている間、その彼、モンスールさんは、確かにこちらをじっと「視ている」のだ。<br />
それも心の底まで見透かされているような、でもあったかい彼の「気」に包まれているような。そんな感じだ。</p>

<p>「ありがとう。みなさんのビジョン、目指しているもの、よくわかりました。<br />
今日は私のインタビューを、雑誌に載せて、国中の高校生たちに届けるとのこと。<br />
さっそく私の話を始めましょうか。ボイスレコーダー等の準備は宜しいですかね？」</p>

<p>モンスールさんの人生は闇と光、その濃淡がはっきりした物語だ。それもあまりに出来過ぎていて、映画脚本でも敬遠してしまいそうな。</p>

<p>彼は7歳までは、普通の元気な男の子だった。村でも明るく活発で、よくスポーツをした。<br />
そして「その時」は、そんな大好きなスポーツの時間に起きた。<br />
7歳のある日、サッカーをしていたモンスールさんは、向かいにいた男の子が蹴り出したボールが顔面にあたる。<br />
それ自体は大事ではなかったが、目に傷がついたかもしれない。そこで急ぎで親に病院へ連れていかれ手術を受けることになった。そしてこれが「悲劇」の始まりだった。<br />
結論から言うと、オペミスである。モンスールさんは、手術執刀医のミスで、両目の視力を失ったのだ。</p>

<p>当時はただただ、悔しさと自己否定しかなかったようだ。<br />
なぜ自分の目が見えなくなってしまわなければならなかったのか？自分はこれからどう生きていけばいいのか。<br />
執刀医を責めることはできたものの、一度失われてしまった視力は二度と戻らない。当時7歳の彼にとっては抱えて生きていくには、余りに重すぎる現実だった。</p>

<p>しかし、彼の「根っこ」はめげなかった。周囲の必死の励ましと、持ち前の力強さで、目が見えないことによる障壁たちに、立ち向かうことにしたのだ。<br />
「壁」は単純に生活が大変、ということだけに留まらない。<br />
もちろん途上国、それも30年前のバングラデシュという国で目が見えないということがもたらす困難は、ぼくら日本人にはとても想像できない。<br />
しかしそれ以上に周囲からの「目」。視力が失われたことによって、彼は大切な友人のいくつかも失い、いじめ相手に変わってしまった者もいたそうだ。</p>

<p>しかし、それでもモンスールさんはめげなかった。「逆に自分の世界に集中できた。余計なものを見なくてすんだ」といい、勉強に勉強を重ね、学校では成績トップを常にマーク。<br />
大学受験では、なんとバングラデシュ最高峰ダッカ大学に、学部首席入学を果たす。<br />
目が見えない彼が、他の受験生を追い抜いて、である。<br />
さらに卒業時にも首席卒業を悠々と決めた彼は、そこからも怒涛の快進撃をすすめていく。<br />
政府の教育アドバイザーを歴任、この国の障害者教育にメスを入れる。<br />
そして現在、それらの実績と彼の素晴らしい人となりが評価され、アメリカに本部のある世界障害者連盟の理事に名を連ねている。</p>

<p>「ごめんね。もう時間がなくて。今から会議でデンマークに行かなければならないんだ。」</p>

<p>海外出張は一ヶ月に最低3回はあり、世界の障害者の生活をよりよくするために地球を飛び回る毎日だ。<br />
そんなモンスールさんは最後にぼくらをじっと「視つめて」こう言った。</p>

<p>「人生を切り拓くのは４つの "D" のチカラだ。Dream, Desire, Determination, そしてDo it.<br />
限界を設けず夢を描き、それをホンキで欲し、それを手にするための覚悟を決める。そしてあとは、わかるよね？」</p>

<p>「あと最後にもう一つ。真理は『目に視えない』。目に視えないモノにこそ本質がある。<br />
それをわたしは、幸いにも、視力を失うことで身を持って知ることができた。<br />
見えないモノをしっかりと見つめられる『視力』をもちなさい。」</p>

<p>ありふれた言葉も彼が口にすると、こうも説得力をもつのか。<br />
高校生たちに届けるべき大人は、僕達の想像以上にもっともっといるのかもしれない。<br />
今日は雑誌つくりから一つ離れて、彼の言葉をゆっくり沈殿することに、使ってみようと思う。<br />
帰り道、いつもにぎやかなメンバーも、今日は少し静かになっていた。</p>

<p><br />
文・写真/三好大助<br />
blog:<a href="http://dicek344.com/" target="_blank"><u>http://dicek344.com/</u></a><br />
twitter:<a href="http://twitter.com/#!/daisuke344" target="_blank"><u>http://twitter.com/#!/daisuke344</u></a><br />
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    <title>［里地里山：4］昔ながらの天気予報「寒だめ」</title>
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    <published>2012-01-13T06:06:32Z</published>
    <updated>2012-01-13T04:12:53Z</updated>

    <summary>古式豊かな地域独自の天気予報法</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>神岡町山之村地区では、「寒だめ」と呼ばれる地域独自の天気予報法があります。農家にとってはその年の天気は非常に重要なので、たとえば、田植え時期を知るためや、あるいは今年の夏は雨が多いか少ないかなどを占うのです。ちなみに「寒だめ」は、「勘試し」の略だそうです。</p>

<p>寒だめの方法は、農家の人によってまちまちです。たとえば、ある農家の人は大豆を12個炒ってみて、豆が黒くなったら、それは悪天候の予兆であると判断します。豆が白いままだったら、一年ずっと天気は良好だなんだそうです。あるいは「寒のうち」と呼ばれる方法で、一年で一番寒い時期（たいていは1月5日から2月3日の間）の天気から、一年の天候を予測するものもあります。<br />
 <br />
現在はより正確かつ科学的な天気予報が可能になったため、「寒だめ」の文化は途絶えつつあります。しかし中には、今でも古式豊かな寒だめの伝統を守っておられる方もいらっしゃいます。残念ながら昔の記録はすでにありませんが、こちらの女性は2006年からの寒だめ天気予報記録を現在も持っておられます。「寒のうち」手法では、寒い時期（1月5日～2月3日）を2.5日ずつ、12期間に分けます。この12期間は、一年の12の月それぞれに対応しています。たとえば、はじめの期間がよい天候に恵まれたなら、その年のはじめの月はよい天候、となるわけです。</p>

<p>年配の方は寒だめの結果を頼りにして山の中に入って食べられる山菜を採りに行くタイミングを決めます。おばあちゃん曰く、寒だめはほんの4, 5年前まで的中していたそうです。しかし最近は、的中率が下がっているようだとか。気候変動の影響でしょうか？</p>

<p>今でも天気予報よりも、空や雲の色、風、空気の感触などによって、このあたりの人が予想する天気の方があたったりします。「寒だめ」「寒のうち」も何かしらの知恵がそこに詰まっているはず。100%そこに頼ることがないにしても継承してきたいものです。</p>]]>
        
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    <title>流域の水を育む水源のブナ林を守る</title>
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    <published>2012-01-13T02:12:18Z</published>
    <updated>2012-01-13T02:26:32Z</updated>

    <summary>水の流れに注目し持続可能なコミュニティーを復活させる（２）</summary>
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        <category term="水と大気" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p>■水がどこから流れてくるのか知らない</p>

<p>流域とは、降った雨が地表、地中を毛細血管のように絡みながら流れ、やがてひと筋に収斂していく単位である。水は傾斜にそって低いほうへと流れる。流れはやがて川となり、最終的には海に注ぐ。私たちの生活も、この流域にあるのだが、ふだんそれを実感することはあまりない。下流域のまちの人は「水の消費者」になっている。恩恵を被るだけになっている。なかには普段使っている水道水がどこからくるのかを知らない人もいるようだ。</p>

<p>鳥取県西部の大山をめざしたのは、水を育む場所を見るためだ。新幹線で岡山へ、そこから「特急やくも」で米子へ。米子は「水どころ」として知られる。僕はかつて、「水道水のおいしいまち」として、この地を紹介したことがある。米子の人たちが記事を手放しで喜んでくれたのに対し、上流域の大山の人のなかには、「米子の人は、水がどこから流れてくるのか知らない」と言った人がいたという。</p>

<p><br />
■多様な生物の住処は100年かけて1センチ積もる<br />
 <br />
大山からは、心地よさと厳しさを同時に感じる。居心地はいいが、けっしてすべてを許してはくれない。心地よさにあまえたら、もとの世界には帰れない、山の神の支配する土地。そんなことを感じながら、ブナ林を歩いてゆく。枯れ枝をかきわけ、沢に足をとられないようすすむ。</p>

<p>大山では標高800～1300メートルのところに、ブナをはじめとする落葉広葉樹が広がる。ちょうどよい空間があったので寝転んでみた。ふかふかのスポンジと形容されるが、それよりやや固めの高級ベッドのようだ。表面が濡れているわけではないが、じっとりとした感触が伝わってくる。<br />
 <br />
落ち葉の量は1ヘクタールに年間2.8トン。それが長い年月を経て、多様な生物の住処である腐葉土となる。腐葉土は100年かけてわずかに1センチ堆積するというから、今年の落ち葉からできる層は0.1ミリということか。<br />
 <br />
ブナ林の上に、うす青い空が見える。風が渡る音、そして、水の流れる音が聞こえる。眠気をともなう安堵感と同時にうっすらと恐怖感もわいてくる。体が少しずつ落ち葉に沈み、山にとりこまれるのではないか、生きものたちにじっと見られているのではないかなどと考えるうちに、自分の存在がちっぽけに思えてくる。</p>

<p><br />
■植林されたカラマツ、ヒノキが放置され山肌が崩れる</p>

<p>大山中腹のブナ林の多くは「二次林」だ。高度経済成長期に、ブナは次々と伐採され、ヒノキやカラマツが植えられた。大山でも例外ではない。水を大量にふくむブナは、木材として利用しにくいため、邪魔者あつかいされた。ブナ林を案内してくれた、「大手横手道上ブナを育成する会」の吉岡淳一さんは、当事を振り返って、「ブナ退治が行われたんですよ」と溜息まじりに言う。</p>

<p>現在、大山にあるブナは、「ブナ退治」を免れた若木。それが50年余の歳月を経て、数十メートルに育っている。しかし、大量伐採の後遺症は、癒えるどころか、広がっている。植林されたカラマツ、ヒノキは放置され、山肌はところどころ崩れている。</p>

<p><br />
■試行錯誤のブナ植林</p>

<p>そこで吉岡さんたち「大手横手道上ブナを育成する会」は、少しずつ、ブナを植林している。とはいえ、ブナは見かけによらず育てにくく、植林がうまくいくまでに大変な苦労があった。<br />
 <br />
当初は宮城県から苗を買って植林しようとした。しかし、国立公園であるため、「他の地域の種をもちこむと生態系が崩れる」という理由で「待った」がかかった。そこで地元のブナ林でタネを拾い、そのタネから苗をつくるところからはじまった。</p>

<p>ブナの実は5年に1度のわりで、豊作になる。タネを拾えるチャンスはこのときだ。それを30～50センチにまで育て、植えた。しかし、すぐに枯れてしまった。専門家も首をかしげていた。</p>

<p>吉岡さんは思った。</p>

<p>「苗木が小さすぎて日が当たらないせいではないか」</p>

<p>まわりには、さまざまな木々が茂っている。新参の若木には厳しい環境だった。そこで1メートルほどまで育った苗の、枝と根を刈り込み、スリムにして植えるようにした。</p>

<p>すると、ようやく根付くようになった。植えるときには、根のまわりを保護しないほうがいい、土もなるべく落としたほうがいいとわかったのも、試行錯誤の末だ。</p>

<p><br />
■ブナの花が咲くには50年、実をつけるには70年</p>

<p>植林作業は「地道づくり」と呼ばれる作業道をつくるところからはじまる。国立公園内の他の植物を痛めぬよう、いっさいを手作業で行うため2か月を要する。苗を植えるときはツルハシをつかって穴を掘り、深くほった穴のなかに、そっと若木を埋める。その後、5年間は下草刈りが必要だ。</p>

<p>ブナの花が咲くには50年かかる。実をつけるには70年かかる。吉岡さんは70歳。ブナの会の仲間たちもリタイア組が多い。自分たちが植えたブナが花実をつけた姿を見るのはむずかしいだろう。それでも吉岡さんは、ブナを植え続ける。それが大山への恩返しなのだという。</p>

<p>ブナ林は森の水瓶といわれ保水力に富む。この流域の水は、まちがいなくこのブナ林に支えられている。</p>

<p>大山のおいしい水を飲む人たちよ、水源でブナを守っている人たちがいることを知っていますか？<br />
大山の水を売って、明日の利益を上げる人たちよ、手弁当でブナを植え、その50年後、70年後の姿を夢みる人たちがいることを知っていますか？</p>

<p><br />
文・写真／橋本淳司</p>]]>
        
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    <title>「手仕事」でつながる、宮城県復興の縁。</title>
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    <published>2012-01-12T01:00:28Z</published>
    <updated>2012-01-11T11:22:12Z</updated>

    <summary>RQ被災地女性支援センターの「手仕事プロジェクト」。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>宮城県の復興支援に取り組むRQ被災地女性支援センター（RQW)は、9月から「手仕事プロジェクト」を始めた。震災の被災者は、津波により住まいが流され、避難所で親しくなった人びととも別れ、仮設住宅という狭い環境で毎日を過ごしている。部屋に閉じこもってしまっては、ストレスもたまる一方だ。もともと働き者ばかりだったのだから「することがない」辛さがよけいにこたえる。そこで、稲わらのリースやエコたわしといった小物をつくる「手仕事」を通じて、交流の場を生み出そうというのが、プロジェクトの狙いだ。おしゃべりしながら、あるいは夢中になってつくる時間が、そこにある。</p>

<p>12月5日に宮城県登米市を訪れたとき、RQWのアトリエ「さざほざ」でつくられていたのは、稲わらのリース。稲わらを編み込んで輪にしたものに、和小物を飾り付けていく。アイデアのベースは、もともと登米市の農家が農閑期につくっていたリースだ。稲わらを捨てずに再利用し、装飾にドライフラワーを使い、商品として流通させていた。これをもとにデザイン案を検討して、いまのカタチが生まれた。</p>

<p>参加者のひとり、大森さんは週に一度の集まりを楽しみにしている。編み物が得意なこともあって、ストールをつくれないか、といった相談を受けることもあるそうだ。「あてにされることが嬉しい」。手仕事に参加する日以外は、石巻の農家で、ネギの選別などのアルバイトをしている。</p>

<p>稲わらを編んで縄をつくるのは、宮城県南三陸町の"じいちゃん"たちだ。「女の人ばかりでなく、自分らにもすることはないか」と相談を受けたことがきっかけだ。和小物をつくるのは、石巻市のお母さんたち。「縫いものをしたい」という要望があった。南三陸町と石巻とでつくられた部品を元に、最後に仕上げるのが、登米市の役割だ。この稲わらリースは、県全体をつないでつくっている。</p>

<p>手仕事プロジェクトでは、アクリル毛糸で「エコたわし」もつくっている。軽い汚れであれば、洗剤を使わずに落とすことができるたわしだ。南三陸は「タコ」、気仙沼の階上地区では「バラ」と、地域の特色をかたどったデザインをしている。商品には、こんなタグがついていた。「南三陸町志津川中瀬町の○○がつくりました。マスコットとして、エコたわしとして、どうぞ」。作り手にメッセージを送れるように、連絡先も書いてある。</p>

<p>先日、エコたわしの購入者からこんな手紙が届いた。子どもたちの自然体験キャンプで、洗剤のいらないエコたわしを使ったということ。子どもたちの言葉と、写真が添えられて。なによりも、作り手の笑顔につながるメッセージだ。</p>

<p>復興には長い時間がかかる。5年、10年にわたって、なんのかかわりもなしに、被災地への「関心を持ち続ける」ことは難しい。RQWの手仕事は、ゆるやかに縁をつくり続けている。</p>

<p><br />
文・写真／瀬戸 義章</p>]]>
        
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    <title>&quot;Switch the World !&quot; vol.9 「自分を信じてあげて。」</title>
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    <published>2012-01-11T10:02:23Z</published>
    <updated>2012-01-11T10:40:51Z</updated>

    <summary>日本とバングラデシュの大学生たちによる 教育ソーシャルビジネス挑戦記</summary>
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        <category term="思いとモノ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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        <![CDATA[<p>じわり。</p>

<p>ボイスレコーダーを握るぼくの手が汗でにじむ。<br />
目の前の女の子が必死に話すその一言一言に、ジャファーとジョナイも前のめりに聴きこんでいる。<br />
鮮やかな緑に包まれたベンチに腰掛ける彼女の真剣な眼差しが、眩しい。<br />
いつも騒がしいダッカ大学キャンパスだが、今は不思議とその子の声しか耳に入ってこない。<br />
僕らはインタビュー中、この女子大生ミスティの「想い」に、すっかり惚れ込んでしまっていた。</p>

<p>村での取材・インタビューを終えダッカに帰ったジャファーとぼくは、広告営業やデザインのメンバーと合流・進捗共有をした後、ダッカ市内での取材活動へ移った。<br />
そして今、「ライフストーリー」のコンテンツとして、ぼくとジャファー、ジョナイの三人で、村出身で今年ダッカ大学に合格した一年生ミスティにインタビューを行なっていたのだった。</p>

<p>「ライフストーリー」は、本媒体のメインとなる最も重要なコンテンツ。<br />
村出身ながら熱い想いをもって困難を乗り越え、地位・お金を越えた何かに向かって挑む、「カッコイイ」ロールモデルを高校生たちに伝えるインタビュー記事だ。<br />
本創刊号では、3人を取り上げる。ただ、三者三様同じような成功者ばかりでは読者の高校生たちからの距離も遠くなってしまう。<br />
そこで年代を分け、二人の40代のインタビューと、一人の20代の学生を取り上げることに決めた。</p>

<p>しかし40代のインタビュー候補者はどんどん上がる中、なかなかこの大学生のインタビュー候補が上がらなかった。一体どんなメッセージを届けるべきか。<br />
だが、村での取材を終えたジャファーと僕の中では、その答えはもうはっきりしていた。</p>

<p><br />
「女の子を取り上げよう。」</p>

<p>「村で周囲の反対に遭いながらも押し切って、大学入学を勝ち取ったような、そんな力強く人生を切り拓いた女の子がいい。」</p>

<p>「そんな身近な、だけどぎゅっと背中を押して貰える、そんなロールモデルが今、求められてる。絶対に。</p>

<p></p>

<p>帰りのバスの中、ジャファーとぼくは取材をした女子高生や村の早期結婚した女の子たちのことを思い返していた。<br />
言うなれば、今回の裏コンセプトは、「女の子」だ。村の高校生、特に村の女の子の背中を押すメディアを創りたい。<br />
自分の可能性に気づかぬまま、周囲から結婚を促され、進学を希望しても旧態依然の価値観から否定をされる。<br />
そうやって埋もれていく可能性が、この国には多すぎる。<br />
その花ひらく可能性一つ一つに、ぼくらはスイッチを押してあげたい。それが僕らの思いだ。</p>

<p><br />
「とっても大変でした。お母さんからおじいちゃん、先生まで、周りには本当に味方がいなかったです。<br />
みんな私が早く結婚をすることを望むし、周りもそれを当然だと思い込んでいた。<br />
それでも、自分の本当の声に耳を傾けると、やっぱり自分は大学に進学したいんだってわかったんです。<br />
もっと大きな世界を知りたい。自分の未来をもっともっと、膨らませたい。<br />
だからその想いを精一杯伝えました。<br />
そしたら、大学受験はしてもいいよ、って。そして受かったら、進学するかどうかそのときに考えよう。」</p>

<p>「だから大変だったけど、たくさんたくさん勉強しました。<br />
周りは私を応援してくれるひとがあまりいなかったけど、自分で決めたことだったので。<br />
迎えた受験当日。ずっと震えていたのを覚えています。<br />
そして合格通知をもらった日。もう涙が止まりませんでした。気づけば親や周りもいっしょに喜んでくれていて。<br />
私の頑張った姿をみて応援したくなった、少しお金も大変だけどできる限りチカラになるよと言ってくれました。</p>

<p><br />
「だから私は、高校生のみんなに伝えたいです。<br />
自分をどうか信じてあげて。みんな自分が知らないほどの可能性とパワーをもっている。<br />
特に女の子は周囲の理解が足りない場合がほとんどだけど、それでも負けないでほしい。<br />
私も精一杯、みんなのことを応援してます。」</p>

<p><br />
ミスティにお礼を告げ、三人でダッカ大学を後にする。<br />
帰り道、僕を置いてけぼりにして、<br />
理解出来ないスピードのベンガル語でジャファーとジョナイが話まくっている。<br />
その眼は真剣さと同時に、どこか嬉しさも映しているようにも見えた。</p>

<p>ぼくも、がんばろう。</p>

<p>ミスティのあったかいメッセージを詰まったレコーダーをみて、そう思った。</p>

<p><br />
文・写真/三好大助<br />
blog:<a href="http://dicek344.com/" target="_blank"><u>http://dicek344.com/</u></a><br />
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    <title>福祉の&quot;受け手&quot;から&quot;担い手&quot;に。時代を切り拓く力がここにある！</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://theearthnews.jp/feature/c/#!/contents/1340" />
    <id>tag:theearthnews.jp,2012:/feature//6.1340</id>

    <published>2012-01-11T08:40:20Z</published>
    <updated>2012-01-11T08:50:31Z</updated>

    <summary>静岡県・富士市を舞台に重度障がい者とその家族、地域を描いたドキュメンタリー映画『普通に生きる』</summary>
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        <category term="人と社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="ドキュメンタリー" label="ドキュメンタリー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="自立" label="自立" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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        <![CDATA[<p>自分で立ち歩き、ごはんを食べ、言葉を話し、排泄する―--。それが自由にできない重度障がい者は、学齢期は特別支援学校（養護学校）で過ごす。卒業した後の彼らの行き先は......一つは、人里場所にある施設に入所すること。もう一つは在宅で保護者や家族の元で過ごすこと。重度障がい者も地域のなかで「普通に生きる」こと。それを目指して立ち上がった保護者・地域の物語。</p>

<p><br />
■成人を迎えることの難しさ</p>

<p>静岡県富士市に暮らす小澤美和さん、20歳。この日は彼女にとって特別な日だ。美和さんが通う生活介護事業所「でら〜と」の「成人を祝う会」に出席するため、家族みんながよそゆきの装いで、どこかウキウキしている。美和さんの母親・ゆみさんは、手際よく美和さんのおむつを替え、背負い、おろしたてのワンピースを着させ、髪を整える。その傍らには兄・裕史さん。兄も美和さんと同じように幼い頃から重度の障がいを持つ。</p>

<p>成人を祝う会で、ゆみさんは涙ながらに「子どもが小さい時、毎日のように死にたいと思っていた。一生うんこの世話をするのかと......。いま気づいたらあっという間の20年で、いまは自分の好きな仕事（レストラン経営）もできている」と語った。</p>

<p>ドキュメンタリー映画『普通に生きる』。冒頭のシーンは、「成人式」から始まる。自分で立ち、歩くことができない。排泄が自由にできない。固形のごはんを食べられない。成長に伴いカラダが自由に動かなくなる。自立呼吸ができない。痰を出すことができない......そんな重度障がい者にとって、成人の日を迎えることはとても困難だ。「一日いちにちを大切に送っていないとこの日は迎えられなかった」と、でら〜との施設長・小林不二也さん。</p>

<p>そんな重度障がい者たちが「普通に生きる」？　この映画の副題は「自立を目指して」。自立とは？　地域で生きるとはいったい―--。</p>

<p><br />
■笑顔一つで社会に貢献できる</p>

<p>映画は重度障がい児・者の通所型生活介護施設でら〜との二つ目の施設建設が持ち上がった2007年ごろからの5年間を追いかけている。重度障がい児は特別支援学校を卒業後、山奥の施設へ入所するか、家族が介護するかの二つに一つしか行き先がなかった。子どもの成長とともに自分の老いが始まり、死んでも死にきれないと感じる保護者の肉体的精神的負担。重度障がい者は社会から隔離されて生きるしかないのか―--。</p>

<p>「普通に生きる。地域で生きてこそなんぼだ！」</p>

<p>小沢映子さんは、出産時の事故で重度の障がいを得た長女・元美さんの特別支援学校卒業後の行き先を心配していた。「新しい制度を切り拓き、自たちの望む通所施設をつくろう！」と立ち上がった。市街地の通所施設を求めたものの候補地がなかなか見つからず、事業計画をスタートさせてから足かけ5年、2004年4月に完成したのがでら〜とだ。<br />
　<br />
でら〜とでの1日は、朝の会から始まり、光あそび、足浴、週3回の入浴サービス、散歩、紙芝居など、一人ひとりの健康状態や身体機能に合わせて個別にプログラムを組む。医療スタッフが常駐しており常に医療ケアができる態勢で、毎日手づくりの給食は利用者それぞれの状態に応じてドロドロ食やカッティングをする。</p>

<p>利用者のペースを尊重し、スタッフとの関わりも密接。穏やかで静かで、やさしい時間が流れている。利用者は全身で喜びを表現し、常に無垢な笑顔を見せる。スタッフもその表情に引き込まれるように、笑顔が画面いっぱいにあふれている。</p>

<p>でら〜とでは地域との関わりを大切にしている。地元商店街との交流、夏祭りへの参加、毎年5月の「でら〜とまつり」など。小林所長は「利用者がもっている魅力を社会にどう還元するか」をテーマに、地域社会との関わりを模索する。手仕事作品を売ってわずかな労働収入を得ることが本当に求められているのか？　生産活動すらできない重度障がい者の存在価値とは？「笑顔一つで社会をパーッと明るくできる」（小林さん）存在を、家庭や山奥に閉じ込めるのではなく、地域社会の真ん中で、発揮させるべきではないか、と。</p>

<p><br />
■「お姉ちゃんがこの家でいちばん自立が近いよね」</p>

<p>保護者や家族にとって介護は朝晩続くもの。家族が病気になることもあるし、時には息抜きの時間も必要だ。ショートステイもできる通所施設の建設計画が始まったのは2007年。全国の先駆けとなった通所と宿泊兼用の生活介護利用所「らぽ〜と」は2009年に開所した。小林さんは「最初から制度化されていることなんて、何もない。まずニーズがあって、闘いがあって、初めて制度化できる」と話す。</p>

<p>小沢映子さんは2011年、富士市議会議員として3期目の当選を果たした。小沢さんが目指すのは、重度障がい者が自立できる社会をつくることだ。そのためには「この子は私がいなければダメ」と親が子を囲うのではなく、色々な介助者、地域社会と関わることで、発展的に社会とつながっていけるようにすることだ。「もう私の手を離れても十分に社会でやっていける」と、重度障がい者とその家族が親離れ・子離れできるように、社会の仕組みをつくっていこうとしている。</p>

<p>もしかしたら小沢家でいちばん自立が早いのは、長女・元美さんではないかと、家族の誰もが思っている。両親、妹弟、ホームヘルパーさん、でら〜とのスタッフ、そして地域と最も強く関わっている。親離れの準備も十分だ。</p>

<p>「普通に生きる」。それを誰よりも強う願う人たちが、時代を切り拓く。重度の障がいという「光」を持って生まれた人たちが、誰もが自立し、すべての人が笑顔で暮らせる「普通の社会」をつくるための道を照らしているのかもしれない。</p>

<p><br />
文／キタハラマドカ（ジアスニュースライター／<a href="http://morinooto.jp/" target="_blank"><u>森ノオト</u></a>編集長）</p>

<p><br />
■上映情報<br />
映画『普通に生きる』<br />
公式サイト：http://www.motherbird.net/~ikiru/<a href="http://www.motherbird.net/~ikiru/" target="_blank"></a>　<br />
1月7日（土）より、東京・ポレポレ東中野で上映中。1月21日（土）より横浜ニューテアトル、1月28日（土）より大阪シネ・ヌーヴォにてロードショー<br />
2011年／日本／カラー／83分／ステレオ／製作・著作・配給：マザーバード<br />
撮影・プロデューサー：貞末麻哉子<br />
構成・編集：洪福貴<br />
製作補：梨木かおり<br />
ナレーター：長谷川初範（特別協力）<br />
音楽：木霊<br />
撮影協力：社会福祉法人インクルふじ、生活介護事業所でら〜と、生活介護事業所らぽ〜と、NPO法人くじら 陽だまりの家、静岡県立富士特別支援学校／富士市／富士宮市</p>]]>
        
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    <title>地域に根ざし、農地の復旧を目指す民間団体&quot;ReRoots&quot;</title>
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    <published>2012-01-11T08:33:19Z</published>
    <updated>2012-01-12T09:05:36Z</updated>

    <summary>宮城県仙台市若林区に「畑」をどう取り戻していくか。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>雑草に覆われた畑にスコップを入れる。ガツッという固い感触。見ると、こぶし大のコンクリート片が埋まっていた。土のう袋に投げ入れ、また掘り返していく。スプーン、ライター、カミソリ、ボールペン、接着剤、電池、眼鏡、ぞうきん、ストップウォッチ、植木鉢のカケラ。1アールほどの広さの畑から、バケツ一杯分のゴミを拾った。</p>

<p>被災した農地には重機が入り、ガレキや流木などの撤去が行われている。しかし、それだけでは不十分なのだ。細かいカケラが、土中に眠っている。もし、そのまま耕耘機を走らせれば、刃が欠けてしまうだろう。農林水産省の資料によると、仙台市だけで、津波の被害を受けた農地の面積は約2,700ヘクタール。そのすべてを取り戻すには、時間も手間もかかる。</p>

<p>作物を育てるうえで、畑の「土」は重要な役割を果たしている。まずは、作物を「支える」役割。植物は土の中に根を張ることで、強風などでも倒れないように自分自身を支えている。次に「養分や水を蓄える」機能がある。植物が育つためには、窒素・リン酸・カリウムをはじめとする栄養素と水が必要だ。さらに土は、急激な温度変化などから、繊細な根を「保護」している。この通気性・排水性・保水性にすぐれた構造は、土壌のなかで多種多様な生物が活動しているおかげだ。100年単位で手入れをし続けたからこそ、畑は畑として成り立っていた。</p>

<p>こうした土の機能を取り戻し、畑を復旧するために日々活動している民間団体が"ReRoots"だ。仙台市の若林区を拠点とし、農地のガレキ撤去やビニルハウスの解体・設置、側溝の泥出しなどを行っている。畑をスコップで掘り起こし、ふるいにかけて小さなゴミもていねいに取り除く。固い場所はツルハシを使い、大きな根はチェーンソーや造園業の専用機材を用いて撤去する。</p>

<p>4月18日の結成から地道な活動を続けたこともあり、いまでは被災した畑でふたたび野菜が見られるようになった。ボランティア参加者も、夏は1日に数人だったのが、平日に約20人、休日には約100人が集まるようになった。</p>

<p>10月16日からは、"ReRoots ファーム"で作物も育てている。もちろん、自分たちでガレキの撤去と土起こしをした場所だ。育てているのは、小松菜、雪菜、タマネギ、ニンニク、キャベツ、エンドウ、ほうれん草、チンゲンサイ。畑を自分たちで運営することで、農家との関係が変わったという。どうやってクワを使うのか、畝をつくるのか、防虫の工夫はどうすればいいのか。「教わる側」になった。今までは一方的な「支援する側」だったが、これで双方向の交流ができる。11月27日には七郷市民祭りにも招かれ、ブースを出展した。地元で一緒に復興を目指す担い手へと変化している。</p>

<p>仙台市では復興計画も定まり、居住可能な範囲も改めて線引きされ、すこしずつ、被災地に人が戻りはじめている。リフォームをするか、建て替えをするのか、生活再建がはじまっている。ReRootsの当面の目標は、春の作付けまでに、少しでも多くの農地を回復させること。そして、4月以降は「復旧」から「復興」へ、農業支援へとシフトしていく。農業体験ツアーや自然キャンプなどを検討中だ。震災前より地域を元気にする「地域おこし」を目指して、地域に根を張り、いっしょに歩んでゆく。</p>

<p>ReRoots代表の広瀬剛史氏は言う。<br />
「やれることはたくさんあります。もし、なにをしていいか分からないと迷っているなら、とりあえず来てください。ここでは、人間の力強さを感じることができます。野菜の、生命の強さを感じることができます」</p>

<p><br />
文・写真／瀬戸 義章</p>]]>
        
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    <title>皮むき間伐で森づくり、人づくり</title>
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    <published>2011-12-28T11:48:23Z</published>
    <updated>2011-12-28T12:22:04Z</updated>

    <summary>新しい山仕事スタイルで日本の山の再生を目指すNPO法人森の蘇り</summary>
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        <category term="思いとモノ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>「皮むき間伐」という言葉をご存知だろうか。夏に杉や檜の皮をむき、1年以上立ち枯れさせた後に間伐する。間伐時にはすでに材の水分が抜けているため、力を合わせれば女性でも子どもでも丸太を運び出せる。林道も重機もいらない、人力さえあれば誰でも楽しめる新しい林業スタイル。NPO法人森の蘇りが主催する"きらめ樹"体験に、日本中からの注目が集まっている。</p>

<p><br />
<big>■女性ができる山仕事</big></p>

<p>山仕事は男の世界ーー。<br />
そんな常識を覆す光景が、そこにはあった。</p>

<p>華奢な女性が一人で丸太を肩に担ぎ運んでいる。二人組の女性が腰にロープをくくりつけ、力いっぱい引いて木を倒している。女性が自走式製材機を操り、丸太を製材している......しかも皆、笑顔だ。</p>

<p>静岡県は富士宮市、朝霧高原にある森のなかでおこなわれた"きらめ樹"体験。NPO法人「森の蘇り」が主催する皮むき間伐の体験イベントで、東京や神奈川、そして遠くは広島から10人が集まった。男女比は半々。女性が伐採の「見学」ではなく、間伐の「実践」に参加するというから驚きだ。森の蘇り代表・大西義治さんは言う。「この森はボーイスカウトの少年たちが"きらめ樹"しました。4ヘクタールの森を4日間かけて、子どもたちが皮むきしたのです。小学校の環境教育でも皮むき間伐体験を受け入れています」。女性だけでなく、子どもでも参加できる間伐体験とは！！</p>

<p>"きらめ樹"とは大西さんの造語で、木が水を吸い上げる夏までの時期に間伐したい樹木の表皮をむき、ひと夏以上そのまま立ち枯れさせて、翌秋以降に伐採をする「皮むき間伐」と、運び出しまでの一連の流れのこと。</p>

<p>樹木は表皮に近い層で地中から水分を吸い上げ、成長し太っていく。表皮をはぐことで水分の吸収を止め立ち枯れさせることができる。皮むきした樹木の重さは立ち木の3分の1以下になるため、伐採する時にはすでに乾燥状態。その場で玉切り（伐採した木を丸太に切ること）すれば、女性一人でも担いで運べるのだ。</p>

<p><br />
<big>■人力さえあれば、林道も、重機も、大型トラックもいらない。</big></p>

<p>この日おこなわれた間伐体験で、大西さんが披露した伐採道具はチェーンソー、ロープ、木回し、そしてクサビだけ。実に身軽な装備で間伐に入る。</p>

<p>木を倒す方向に直径の4分の1以上の切れ目を入れ、斜め45度上から三角に切り「受け口」をつくる。そして反対側から「追い口」を入れ、木を倒していく。ここまでは通常の間伐と同じだ。</p>

<p>普通は、ある程度まで追い口を入れると木が自らの重さでメリメリと傾いていき、ズドーンと大きな音を立てて倒れる。切り株からは水が染み出てきて、木がまだ水を吸い上げているのがわかる。そのままでは重くて運べないので、倒してからしばらくその場に置いておき水が抜けてから運ぶ、あるいはそのまま放置されることも多い。</p>

<p>皮むきされた木は葉が枯れているため重さがなく、木がなかなか倒れない。そのため、追い口を入れたらロープをたくし上げて人力で引っぱり、倒していく必要がある。大きな力はいらず、女性二人でも力を合わせれば木を倒すことはできる。倒れた木の切り株はほんのり湿っている程度で、その場で木を玉切りして、人力で運び出す。水をバケツにくんできて、運び出した丸太をたわしで磨けば、その場で美しい磨き丸太ができる。磨くほどにピカピカツルツルに輝く丸太磨きは、子どもたちに大人気だそうだ。</p>

<p>"きらめ樹"体験の現場では、チェーンソーではなくのこぎりを使う。徹底的に、「人力主義」なのだ。</p>

<p>今年7月には、森の蘇りで自走式の製材機を導入した。軽トラ2台で運び出せ、伐った木を山の中で製材できる。これがあれば、山林での間伐から製材まで、その場で一気におこなうことができる。最終製品は、町場の木工所で磨きをかけたり、調整すればよいので、大規模な製材工場を建てる必要がない。山から木を運び出すための林道も必要ない。つまり、人力さえ集まれば、大きな重機やトラック、工場なしで、誰でも林業で食べていける。</p>

<p><br />
<big>■見捨てられた木を内装材に再生する</big></p>

<p>皮むき間伐は、これまで手入れされずに荒れてきた山林の再生のためにおこなう。通常15年くらいで間伐をしていくべき森が、20年も30年も放ったらかしにされている。本来であれば構造材としても十分に利用可能なはずの40-50年生の木も、放置されたため十分に育っていないので、間伐の対象になる。間伐材とはいえども木の径がある程度大きくなっているため、床材や壁材など、住宅建材に使える程度の大きさに育っている。</p>

<p>しかも、皮むき後1年以上立ち枯れさせているため、製材時には水分がほとんど抜けていて、含水率は15％以下に下がっている。内装材に求められる含水率の低さを、人工乾燥をすることなく実現できている。エネルギーも重油のコストも節約できるし、天然乾燥材ならではの木の艶、粘り、美しさが残っている。</p>

<p>根本から2メートルに玉切りした丸太は、直径15cm以上あればフローリングの原板がとれる。直径15cm以下で12cm以上あればその先2.6メートルずつ玉切りし、壁材をとる。先端の木は直径4.5cm以上で床下の構造材・根太をとる。どうしても使いきれない材は、チップにしてバイオマス利用を目指す。間伐材でも用途に応じてとことんまで使い切るのが森の蘇りのスタイルだ。</p>

<p>材木の価格も明朗会計で、1坪あたりの床材の単価は2万2000円。木を伐り森から運び出して木工所にセットするまで、最終製品として製材加工するまで、運搬して設営するまで、そして経費という4つのプロセスで値段が明快にわかれている。木材の卸を通さず、"きらめ樹"材を求める消費者に直接材を手渡し、時には施工までを担う。</p>

<p>「これまで捨てられ、あるいは放置されてきた間伐材を、床材や板材などの建築材として活用する。木の皮や葉などはペレットにする。山の手入れができて、新しい雇用を生む"きらめ樹"は、日本すべての森を蘇らせる可能性がある」と大西さんは熱弁する。「汗の値段を積み上げていったら、杉も檜も値段は一緒」と、杉檜で値段に差をつけないのも特徴だ。</p>

<p><br />
<big>■人手は"皮むき間伐体験"で集める</big></p>

<p>人力をいかにして集めるかが、皮むき間伐での林業を成立させるポイントになる。木そのものの値段よりも人件費の方が高くつき、山の手入れのコストが出せないという異常な状況の日本の林業。皮むき間伐であれば、女性でも子どもでも参加できるので、「環境教育」「自然体験」「林業体験」という形でイベントを組み立てて、人を集めることが可能だ。</p>

<p>「"きらめ樹"は、高度な技術もマッチョな体力もいらない。素人でもできるし、誰もが参加できるため、そのぶんたくさんのアイデアが生まれ、仕事づくりや、モノづくりの幅も広がる」と大西さん。例えば、現在ほとんどが安価な輸入材でつくられている卒塔婆。輸入材よりは若干高いが、"きらめ樹"材を使えば日本の森を守ることにもつながり、ご先祖様も喜ぶだろうというアイデアが生まれている。</p>

<p>皮むき間伐が生み出す新しい生業の可能性は無限大だ。大きなサプライチェーンをねらわずに、小さなビジネスを積み上げていくことで、日本全国各地に雇用を生み出してゆく。そこに必要なのは柔軟な発想力と、森の魅力を伝えおおぜいの人を集めるマネジメント能力なのだろう。</p>

<p>"きらめ樹"された森は葉っぱが落ちて光が差し込み、明るく、また足下の土もふかふかしている。春には杉檜以外のたくさんの植物が萌え出て、それは美しいという。週末にNPOの手伝いをしている星野智子さんは、普段は静岡市内で化粧品販売をするOLだ。「皮をむいた木の肌はツルツルで、森はキラキラ輝いて、とても素敵です。これまで男の人にしかできないと思っていた山仕事が、女性にも子どもにもこんなに楽しくできるなんて」と、活動の魅力を語る。いつか自分の山を持ち、自分の山の材を"きらめ樹"して現金収入を得て、小さな畑と田んぼをつくって自給自足するのが星野さんの夢だそう。"きらめ樹"体験をして山仕事に魅せられ、それを本業にした青年もいる。少しずつ、業が生まれてきている。</p>

<p>日本は国土の7割が森林で覆われている、世界でも有数の森林国。しかし、その森が泣いている。人に見放され、放置され、材としても、森としても、価値をなくした樹木が、声を上げている。これまで特殊な世界と私たちから縁遠かった林業の世界を、"きらめ樹"という手法で女性や子どもにも近づけた大西さん。「日本すべての森を人の手で蘇らせたい」。"皮むき間伐"という言葉が広がっていくにつれ、その夢は少しずつ実現に近づいていく。</p>

<p><br />
写真・文／キタハラマドカ（ジアスニュースライター／<a href="http://morinooto.jp/" target="_blank"><u>森ノオト</u></a>編集長）</p>

<p>■NPO法人 森の蘇り<br />
<a href="http://mori-no-yomigaeri.org/" target="_blank"><u>http://mori-no-yomigaeri.org/</u></a></p>]]>
        
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    <title>宮城県名取市での「東北コットンプロジェクト」と、農業再開の取組</title>
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    <published>2011-12-28T02:07:21Z</published>
    <updated>2011-12-28T11:12:18Z</updated>

    <summary>耕谷アグリサービスが行う被災農地の綿花栽培と除塩・大豆栽培。</summary>
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    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>「コットンで、東北を、強くしよう」</p>

<p>このメッセージのもと、宮城県の水田で綿花栽培をしているのが、"東北コットンプロジェクト"だ。靴下メーカーのタビオや綿糸製造の大正紡績による呼びかけではじまったプロジェクトで、被災農地で綿を製造し、加工・販売まで事業展開することで、東北の産業振興を狙う。</p>

<p>仙台市の南東に隣接し、太平洋沿岸に位置する名取市で綿花栽培を行っているのが、有限会社耕谷アグリサービスだ。5月に、タビオの社員が飛び込みでコットンプロジェクトの話を持ちかけた。最初は、綿花栽培のために「畑を貸してほしい」という趣旨だった。日本で使われる綿糸は、そのほとんどがトルコやインド、アメリカから輸入されており、国内ではほとんど生産されていない。綿花が塩分に強いといっても、もともとは温暖な土地で育つ植物だ。実績は少なく、うまくいく保証はない。チャレンジに迷惑をかけられない、というのがタビオの思いだった。しかし、支援はありがたいが、主体的にやらなければ身が入らない。そう考えた耕谷アグリサービス専務の佐藤富志雄氏は「おたがいに挑戦しよう」と決断する。</p>

<p>津波被害にあった農地のうち、15アールを10人のスタッフが1ヵ月かけて片づけた。第一回の種まきは、5月27日。まわりにふわふわした綿のついた種を、ひとつずつていねいに植えていく。</p>

<p>1週間後、芽が、出た。</p>

<p>6月17日、さらに25アールに綿花の種をまく。合計0.4ヘクタールの土地が、コットンプロジェクトのチャレンジの場となった。いまはちょうど収穫の時期だ。綿糸は、タオルやショールなどにつかわれ、来年、復興記念商品として全国で発売される予定だ。</p>

<p>そして、芽が出たのは、綿だけではない。</p>

<p>耕谷アグリサービスは、名取市でも有数の農業会社だ。75ヘクタールの水田を持っていた。しかし、3月11日の大津波で、その9割が被害を受けた。水田の塩分濃度は6.2％。水稲栽培に適正な値は0.3%。どう下げるか。</p>

<p>何度も「代掻き」を行った。田植の前に、水田に水を入れて土くれを砕く作業のことだ。分かりやすく言うと「水洗い」。新しい水を入れて、田んぼをじゃぶじゃぶとすすぐ。これを1ヵ月かけて8回くり返した。塩分濃度が、0.4～0.5％まで下がった。作付けした結果は、成功。うまく除塩できたところは、例年に比べて2割近く豊作になったほどだ。被災した農地で、お米が、獲れた。</p>

<p>しかし、収穫できた水田は45アール。被害を受けた農地の150分の1にすぎない。</p>

<p>名取市は、平成23年度に、被災農地の7割を作付けできるようにする方針で、農地の復旧を進めている。流木やガレキを撤去し、ヘドロを取り除き、用水路を整備し、排水機場を修復し、除塩をする。水田の復旧には、水路の整備が欠かせない。水量が調節できなくては、稲作はもちろんのこと、「水洗い」すらできないからだ。</p>

<p>今年は、水路の問題から、被害を受けていない農地でも稲作を自粛した場所があった。被災した下流地域に排水が流れたら、処理できないためだ。その土地を利用して大豆をつくる案が持ち上がった。毎年、水田を転作して大豆を作っていた耕谷アグリサービスには、ノウハウがあった。60ヘクタール分の大豆栽培を請け負うことができた。</p>

<p>「綿づくりをとおして、勇気づけられたよ」。佐藤氏はそう言って笑う。自社ブログの『耕谷アグリの農作業日誌』には、綿花の芽吹き、開花から綿のふくらみまでを、おどろきつつ楽しげに見守る社員の様子が記されている。さまざまな人びとの応援を感じた、それが目に見えない財産になった。除塩指導や大豆栽培など、自社の取組が、ほかの仕事につながった。</p>

<p>「ピンチをピンチのままにしちゃ駄目だ。ピンチが、チャンスなんだから」</p>

<p><br />
文・写真／瀬戸 義章</p>]]>
        
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    <title>[学生団体サステコ]第5回：冬の節電を考える</title>
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    <published>2011-12-27T12:22:30Z</published>
    <updated>2011-12-28T12:44:05Z</updated>

    <summary>冬期における節電対策</summary>
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    <category term="サステコ" label="サステコ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="冬" label="冬" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="食品" label="食品" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>こんにちは、学生団体サステコです。近頃ますます寒くなってきましたが、みなさんいかがお過ごしでしょうか。この季節はあまりの寒さについついエアコンの設定温度を上げたくなってしまいがちですが、この冬も節電を忘れてはいけません。そこで、第5回目となる今回では、今からでもできる冬の節電対策をおさらいして行きましょう。</p>

<p><br />
◎冬の節電方法</p>

<p>以下に挙げているのが、冬の節電方法の一部です。いくつ実践できていますか？<br />
・室温20℃を目安に、暖房の温度設定を控えめにする。<br />
・暖房時は厚手のカーテンをしっかり閉める。<br />
・必要でないときは照明をこまめに消す。<br />
・テレビの輝度を下げ、必要なとき以外は消す。<br />
・冷蔵庫の温度設定を「弱」にし、余分な開閉を控える。また、冷蔵庫の中に物を詰め込み過ぎないようにする。<br />
・ご飯は炊飯ジャーのタイマーで早朝にまとめて炊く。炊飯ジャーや電気ポットの保温機能はなるべく利用しない。<br />
・電気便座は便座保温・温水の設定温度を下げて、使い終わったらきちんとフタを閉める。<br />
・風呂の追いだきや自動保温をなるべくやめる。<br />
・リモコンではなく本体の主電源を切り、使わない電化製品はプラグを抜いておく。</p>

<p><br />
◎家庭における消費電力の高い機器</p>

<p>家庭の中で特に電気消費量が多いのは、エアコン、冷蔵庫、照明、テレビの4つ。中でもエアコンは冬の消費電力の約30％を占め、温度設定を1℃低くするだけで約10%もの消費電力の削減になるそうです。エアコンの利用を控えるための身近な工夫は、カイロ・湯たんぽの活用や重ね着、半身浴などたくさんありますが、その中で今回特に取り上げたいのは、体を温める食べ物・飲み物です。</p>

<p><br />
◎食べ物から体を温める</p>

<p>食べ物や飲み物にはそれぞれ体を冷やすものと温めるものがあるということをご存じでしたか？ここでは、体を温めるとされている食品を紹介します。<br />
・しょうが<br />
・香りの強い野菜（にんにく・たまねぎ・ニラ・ネギ・らっきょうetc.）<br />
・根菜類（にんじん・大根・じゃがいも・山芋・里芋・レンコン・ごぼうetc.）<br />
・塩気のある食べ物（漬け物・佃煮・梅干し・味噌・しょうゆ・明太子etc.）<br />
・北方産の果物（りんご・さくらんぼ・プルーン・ゆず・ぶどうetc.）<br />
・赤や黒など、色の濃い飲み物（しょうが湯・黒豆茶・紅茶・ウーロン茶・赤ワイン・日本酒・紹興酒etc.）</p>

<p><br />
◎身近なところから節電を</p>

<p>これらの食べ物や飲み物には体をぽかぽか温める効果があり、インフルエンザや風邪などの予防にも役立ちます。これらの食品を積極的に選ぶことが、エアコンの利用を最低限に抑える手助けになるかもしれません。私たちの小さな工夫で、消費電力は大きく変わってきます。身近なところから私たちも楽しく継続的に節電に取り組んで行きましょう。</p>

<p>※参考URL<br />
・家庭向け・冬期の節電メニュー（経済産業省）<br />
<a href="http://seikatsu.setsuden.go.jp/common/winter/docs/web_setsuden_panf.pdf" target="_blank"><u>http://seikatsu.setsuden.go.jp/common/winter/docs/web_setsuden_panf.pdf</u></a><br />
・家庭ですぐ出来る冬の取組み２１－JCCCA全国地球温暖化防止活動推進センター<br />
<a href="http://www.jccca.org/about/works/setuco2_21_2011winter.html" target="_blank"><u>http://www.jccca.org/about/works/setuco2_21_2011winter.html</u></a><br />
・みんなで節電アクション！家庭でできる節電アクション（環境省）<br />
<a href="http://www.challenge25.go.jp/setsuden/home/" target="_blank"><u>http://www.challenge25.go.jp/setsuden/home/</u></a><br />
・体を温めるにはこれがいい！<br />
<a href="http://mew.chew.jp/atatame/" target="_blank"><u>http://mew.chew.jp/atatame/</u></a><br />
・体を温める飲み物、冷やす飲み物【飲み物で冷え対策】<br />
<a href="http://n-harmony.net/column/hie/02.html" target="_blank"><u>http://n-harmony.net/column/hie/02.html</u></a><br />
・体を冷やす食べ物、温める食べ物<br />
<a href="http://seikatu.girly.jp/atopy6.html" target="_blank"><u>http://seikatu.girly.jp/atopy6.html</u></a></p>

<p><br />
文・写真／小山遥（サステコ編集部 ライター）<br />
HP:<a href="http://susteco.org" target="_blank"><u>http://susteco.org</u></a><br />
Twitter:<a href="http://twitter.com/#!/susteco" target="_blank"><u>http://twitter.com/#!/susteco</u></a></p>]]>
        
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    <title>宮城県山元町のイチゴ農家の復興</title>
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    <published>2011-12-27T09:43:30Z</published>
    <updated>2011-12-27T10:01:42Z</updated>

    <summary>「夢いちごの郷」の営業再開と、イチゴ畑に咲いた花</summary>
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    <category term="リポート" label="リポート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="亘理" label="亘理" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="宮城県" label="宮城県" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="復興" label="復興" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>「夢いちごの郷（さと）」の仮設店舗は、宮城県亘理郡山元町の国道6号沿いに立っている。10坪ほどの店内にはパック詰めされた"とちおとめ"をはじめ、キャベツやキュウリなどの野菜や、リンゴやブルーベリーのジャム、イチゴやパプリカのアイスクリームが並んでいる。地元の農産物を活かした、直売所だ。</p>

<p>宮城県の最南部に位置する山元町は、もともとイチゴ栽培がさかんな土地だった。海岸沿いの道路を"ストロベリーライン"と称していたほどに。だが、そのビニルハウスの97％は、3月11日の大津波によって失われてしまった。海岸から1.5km以内の地域には、新築の建物が残存する程度で、ほとんどが流出している。山元町の全壊戸数は2,181棟。死者614名。</p>

<p>"夢いちごの郷友の会"の会長、菅野孝雄氏は言う。</p>

<p>「ほとんどが流された。苗も流された。直売所も流された。売上3日分も流された。車もみんな流された」設備が流され、水びたしになった土地を見て、一時は、山元町でもうイチゴは作れないのではと思った。</p>

<p>もともと、イチゴ畑は水田だった。平成11年、農地の基盤整備の一環で、水田を畑に転回するようにと国から指示があったのだ。なにを栽培するか。野菜だけでは売上を立てる事が困難だ。イチゴだと、わざわざ買いに来てくれるのではないか。直売所と大型バスも停まれる車30台分の駐車場をつくった。試行錯誤をしてイチゴを育て、イチゴジャムやイチゴアイスの製造販売をはじめた。土耕から高設栽培に切り替え、立ったままの収穫を可能にして、イチゴ狩りができるようにした。9人ではじめた組合員が、50人を超えた。そうやって「夢いちごの郷」をつくってきた。</p>

<p>5軒のいちご農家は残ったのだ。まだ、やれる。</p>

<p>営業できる土地を自分たちでさがした。町の元助役にかけあい、仮設店舗の土地を借りることができた。山下中学校に駐屯していた自衛隊が使っていたプレハブを譲ってもらった。多くの支援をうけて、仮設店舗は9月9日にオープン。10月23日からイチゴ販売も再開した。</p>

<p>いまは近場の仮設住宅から、買い物客が訪れる。「無事だったのー！」と仙台からやってきた馴染みの客が顔を見せる。</p>

<p>「すこしずつ先が見えてきた。来年にはイチゴ狩りも再開させたい」<br />
そう話す65歳の菅野氏は、4ヵ月前に会った時と比べて、若く見えた。</p>

<p>氏も10アールの土地を借りて、ハウス栽培を再開している。灯油タンクも、看板も、津波で残った資材を譲り受けたものだ。ハウスの中は26℃に保たれている。暖かい室内で、小さな白い花が咲いていた。</p>

<p><br />
文・写真／瀬戸 義章</p>]]>
        
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    <title>グリーン復興が日本の未来を左右する</title>
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    <published>2011-12-27T09:26:50Z</published>
    <updated>2011-12-27T09:37:04Z</updated>

    <summary>エコプロダクツ2011リポート</summary>
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        <category term="思いとモノ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
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    <category term="スマートコミュニティ" label="スマートコミュニティ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="リポート" label="リポート" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="復興" label="復興" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>今年で第13回目となる日本最大級の環境展示会「エコプロダクツ2011」。12月15日（木）〜17日（土）の3日間で会場の東京ビッグサイトには18万1487人もの来場者が訪れた。7、8年前は企業の社会・環境貢献PRやビジネス向けの展示が多かったが、近年では小中学生の社会科見学・環境教育に力を入れており、特に木・金の平日2日間は子どもたちの集団で会場がたいへん賑わう。また、ここ2、3年の傾向として、主婦のグループや、土曜日には家族連れでの来場が目立つなど、「エコ」「環境」というキーワードが広く一般に開かれてきたことがうかがえる。</p>

<p>今年のエコプロダクツ展のテーマは「Green For All, All for Green」。毎年各社が競うように最新技術を展示し、未来のエコ社会を仮想するテーマパーク的な色合いが濃いが、今年は東日本大震災や東電福島原発事故、そして停電や節電の春夏を過ごした影響からか、出店規模も各社が発するメッセージも、控えめさが感じられる印象だった。省エネを徹底しながらよりスマートに、コンパクトに暮らしを展望する......ここ数年肥大化した「エコ」という概念が、シンプルなメッセージとして原点に戻ったような印象を受けた。</p>

<p><br />
<big>■「スマートコミュニティ」が来年のキーワード</big></p>

<p>東芝や三菱電機、パナソニック、NEC、日立など、電機・家電大手を中心に、NTTグループなどの通信事業者や積水ハウスなどの住宅業界など、今年は各社が「スマートコミュニティ」「スマートハウス」を全面に押し出す展開となった。震災以降、自然エネルギーの開発や、電力の需要把握や制御（デマンド・レスポンス）の必要性が再認識され、家庭やコミュニティ単位でのエネルギーの相互利用の技術開発・躍進が求められている。</p>

<p>日本経済新聞社と経済産業省資源エネルギー庁の共同出展ブースでは、「生活者のためのSmart Community 2011」という近未来年をイメージしたテーマ展示が行われた。来場者がタブレット端末の拡張現実アニメーションを見ながら20年後のスマートコミュニティをバーチャル体験できるというもので、特にビジネス層を中心に長蛇の列をなしていた。</p>

<p>NECは日産自動車とともに合弁会社を立ち上げ、リチウムイオン電池の開発に取り組んでいる。今年は「家庭用蓄電池元年」とも言える年で、NECでも2012年には高性能かつ小型で安価なバッテリーを一般市場へ投入するという。家庭用太陽光発電設備と家庭用蓄電池が広く普及することで、家庭単位でのエネルギーの自給自足も夢ではなくなる。</p>

<p>JX日鉱日石エネルギーでは、エネファーム（家庭用燃料電池）のPRを行っていた。2008年の市場投入後少しずつ裾野を広げてきたエネファームは、震災以降需要が急増したという。エネファームは水の電気分解を逆の仕組みで、天然ガスや石油を利用して水素と酸素から電気をつくり、同時に発生した熱で給湯利用ができるため総合エネルギー効率が非常に高い。新しいエネルギー源として注目を集める水素。一気に水素社会にシフトチェンジするのは難しくとも、天然ガスを使いながら系統からの電気使用量を減らしてエネルギーシフトしていくには、家庭用燃料電池は有効な技術と言える。</p>

<p>NTT Docomoでは、消費電力が気になる家電に取り付けるスマートタップの展示を行った。Z-Waveという無線規格でブロードバンドルーターに接続し、インターネットを介して家電ごとの消費電力量や日次、月次のグラフを提示するなど、電力の「見える化」をいますぐ始められる機器である。今年はスマートハウスが普及し始めたが、ほとんどすべての既存住宅で過度な工事や設備投資なしで「見える化」ができる機器として期待大だ。</p>

<p>スマートコミュニティへの取り組みを2006年から始めてきた東芝。同社では電気や水などインフラ開発技術があることから、横浜市のYSCP（横浜スマートシティプロジェクト）でもCEMS（Community Energy Management System）分野で積極的に技術展開を行っている。HEMS（Home Energy Management System）への取り組みも早く、同社のホームITシステム「FEMINITY」は一般のコンシューマー向けの分かりやすいインターフェイスで、さらにスマートコミュニティでのデマンド・レスポンス（電力需給調整）にも対応している。スマートコミュニティの最小単位である家庭がスマートハウスとして技術的に先行しているいま、あらゆる業界が一丸となって「スマート化」に取り組んでいく必要がある。</p>

<p>今後、スマートコミュニティが広がるにつれ、各社が独自に技術開発したままで連携がとれなくては普及の妨げになる。今年7月に電力、電機、家電、通信など10社が共同でHEMSとスマート家電普及の環境整備を目的にHEMSアライアンスを立ち上げた。HEMSとスマート家電やEVの連携、相互利用や、各種機器の使用状況の可視化などに共通のプラットフォームができれば、HEMSの普及、ひいてはスマートコミュニティの浸透につながっていくだろう。</p>

<p>会場内エコツアー「Smart Japan スマートエネルギーの活用を探る」のナビゲーターを務めたGovernance Design Laboratory 代表の石橋直樹さんは、「これまで過剰にハイクオリティな電気が供給されており、停電リスクがなかった日本で、今年始めてスマートコミュニティの必要性が認識された。個別技術を磨き高める面はもちろん大切だが、今後はESCO事業などサービス面を強化して展開していくことが大切だ」と話した。</p>

<p><br />
<big>■東北の復興のあり方が日本の未来の道標となる</big></p>

<p>今年のエコプロダクツ展がいつもと違うのは、いまの日本が経験した大きな痛み、東日本大震災と原発事故が現在進行形であることが大きい。「記憶--忘れてはいけないこと　東日本大震災報道写真ギャラリー」では、日本経済新聞社写真部の記者が地震直後から復興に向けて歩み始めたいま現在までを撮りためた写真を展示。多くの人が足をとめ、言葉を発せずに、写真と向き合うーーそこには大規模な展示会の喧噪とはまったく異なる空間が存在し、またエコプロダクツ展の存在意義を問う役割を果たしていた。</p>

<p>「復興に邁進する東北」をテーマに、宮城県、岩手県、福島県など東北地方の自治体、東北経済産業局、東北地方のグリーンベンチャーらの出展もあった。福島県の担当者は「福島県では農業や観光業の落ち込みが激しい。いまは企業誘致に力を入れ、工業、ものづくりから福島県の復興を目指してゆきたい」と語った。</p>

<p>毎年エコプロダクツ展で最終選考が行われる「eco japan cup」。今年は「エコ復興　元気な日本を創ろう！」を掲げ、復興支援につながる環境ビジネスを積極的に募集した。被災地からは、財団法人みやぎ・環境とくらしネットワーク（MELON）の宮城県七ヶ浜町の海岸清掃活動や復興イベント「七ヶ浜再生プロジェクト」や、東京都のNPO法人農商工連携サポートセンターによる、塩害農地での作付けに適した作物を植え付ける「よみがえれ農地！復興トマト、復興キャベツプロジェクト」などの活動が展示されていた。</p>

<p>来年2012年6月にブラジル・リオデジャネイロで地球サミット「リオ＋20」が開催されるにあたり、そのPRブースも設けられていた。地球サミット2012 Japan創立メンバーの設楽恵美さんは「グリーンエコノミーには二つの方向性がある。農林水産業の持続可能性と、製造業のなかで環境負荷を低減し効率を上げていく方向性。特に省エネ分野では日本企業が貢献できる部分が大きい」と言う。そして、日本がリオ＋20でどんな発信をしていくのか。東北のグリーン復興のビジョンは、世界的にも大きな注目を集めることになるだろう。</p>

<p>エコロジーの原点とは......今年ほどそれを考えさせられた年はない。東北の復興の道筋は、れからの日本の未来像と重なっていく。エコプロダクツ2011の752社・団体、1747小間の出展者と、18万人超の来場者は、どんな未来を描いたのだろうか。来年、その真価が問われる。</p>

<p><br />
写真・文／キタハラマドカ（ジアスニュースライター／<a href="http://morinooto.jp/" target="_blank"><u>森ノオト</u></a>編集長）</p>]]>
        
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    <title>ナイジャーデルタが訴える「石油採掘がもたらす環境破壊と人権」</title>
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    <published>2011-12-22T07:35:49Z</published>
    <updated>2011-12-22T07:48:59Z</updated>

    <summary>アムネスティ全国スピーキング・ツアー2011</summary>
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        <category term="人と社会" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#category" />
    
    <category term="アムネスティ" label="アムネスティ" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    <category term="ナイジェリア" label="ナイジェリア" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
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    <category term="人権" label="人権" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>人口1億6000万人、ざっとアフリカ人の2～3割に相当する人々が暮らすナイジェリア連邦共和国は、アフリカ大陸中西部の大国だ。ギニア湾に面した南海岸、ニジェール川の河口となる三角州はナイジャーデルタと呼ばれ、豊富な石油を産出する。ところがこの資源が恵みになるどころか、地域住民を苦しめているといわれて久しい。</p>

<p>人権擁護活動を続けて50年になる国際NGO、アムネスティ・インターナショナル日本（<a href="http://www.amnesty.or.jp/" target="_blank"><u>http://www.amnesty.or.jp/</u></a>）が主催する「全国スピーキング・ツアー 2011」として、ナイジャーデルタで活動するディネバリ・ディヴィッド・ヴァレバさんが来日し「石油採掘がもたらす環境破壊と人権」をテーマに講演を重ねた。</p>

<p>ナイジャーデルタで起きている問題には、南北間格差や途上国差別、植民地政策の覇権主義など 、私たち人類が歴史のなかで繰り返してきた負のスパイラルの縮図がある。そして私たちは、あまりにもそれを知らない──。</p>

<p><br />
■アムネスティ・インターナショナルが訴える「環境＝人権」問題。</p>

<p>1978年、ナイジェリアのリバーズ州ボドの農家に生まれたオゴ二族のヴァレバさん。石油開発がもたらした環境汚染で農業を断念した生家は困窮したが、両親が土地を売った資金で大学に進み、環境や人権の保護活動に関心を強めた。現在は大学の博士課程で学びながら、生まれ育ったナイジャーデルタのため、地域の環境保全、人権擁護、地域住民の生活改善に取り組むNGO「環境・人権・開発センター」（CEHRD）（<a href="http://www.cehrd.org/" target="_blank"><u>http://www.cehrd.org/</u></a>）のプログラム・オフィサーを務めている。</p>

<p>このCEHRDがここ数年、アムネスティ・インターナショナルと協カして取り組んでいるのが、石油採掘による環境破壊の現状や、現地住民の声を国際的に発信し、汚染を引き起こした国際企業に汚染除去の責任を求める活動だ。アムネスティが展開する「ディマンド・ディグニティ＝人間らしく生きたい」というキャンペーンは、貧困が人々の権利を奪い、ますます貧困化するという悪循環を、人権擁護の視点で断ち切ろうという試みであり、そこに関わる企業は人権への配慮を強く求められることになる。そしてナイジャーデルタにおいて、石油開発企業は地域の資源を搾取し、環境被害を発生させて、人々の生きる権利を侵害している。地域住民とともにその責任を企業に問うのがアムネスティのスタンスだ。</p>

<p>2011年10月29日、立教大学のマキムホールで開催された講演は、ナイジャーデルタの実情をまとめた短い映像と、東洋英和女学院大学で国際社会学の教鞭を執る望月克哉さんの背景説明ではじまった。共催は立教大学平和・コミュニティ研究機構。そして登壇したヴァレバさんは、静かなトーンで話しはじめた。</p>

<p>「多国籍企業の事業で失われたナイジャーデルタ共同体の暮らしについて、私の経験からお話しします。ナイジェリアは世界有数の産油国で、ナイジャーデルタはその中心地です。しかし石油生産と搬送事業が、ナイジャーデルタを石油汚染で常に脅かしています。ナイジャーデルタは世界で最も石油流出の被害を受けやすい場所であり、年間平均で273件の流出事故があり、これまでに11万5000バレルの原油が流出しているのです......」</p>

<p><br />
■石油の発見は地域になにももたらさないどころか、ずっと苦しめてきた。</p>

<p>ナイジャーデルタで石油が発見されたのは1956年。採掘に着手したのがオイルメジャーの1社であるシェル、現在のロイヤル・ダッチ・シェルだ。ほどなく世界屈指の埋蔵量が確認され、石油開発は本格化した。アメリカ合衆国エネルギー省によれば、現在の産出は日量200万バレル以上、埋蔵量は340億バレル。この石油資源は、ナイジェリアの貿易黒字の97％を占める膨大な利益を生み出している。</p>

<p>ところがこの利益、地元住民の手元には還元されない。採掘利権はシェルを中心とした海外数社とナイジェリア政府の合弁事業に集約されているが、発生する利益の半分以上、年間で100億ドルが使途不明金として消えるとも指摘されている。そして消え残った利益は、政府を中心としたごく一部の特権階級の中で循環してきた。要するに、世界で最も腐敗した政治体制のひとつが、この利権を握っているのだ。1990年代からは地域の少数民族が、外国石油企業に対する権利要求運動を展開し、国際社会にも伝わりはじめたものの、その声は黙殺された。</p>

<p>それどころか石油開発で周辺環境は悪化し、自然に依存する漁業や農業を中心とした地域住民の暮らしは、生存の権利を脅かされた。たびたび発生した原油流出事故は、豊かさを誇っていた地域の海洋沿岸生態系を損傷する。外国石油企業と利権を分け合うナイジェリア政府の開発規制や環境保全の政策は実効性を持たず、その結果として「石油採掘によって、私たちは漁場を奪われました。私たちは極度の飢えと貧困に苦しんでいます。植物や動物はよく育たず、魚はみんな死んでしまいました」──これはアムネスティを通じて発信された、地域住民の声だ。</p>

<p>そして2008年、ヴァレバさんの故郷であるボド地域で大規模な石油汚染が立て続けに発生し、かつての被害からようやく再生を果たそうとしていた彼らのマングローブ林が、再び壊滅するという悲劇的な事態も起きた。</p>

<p>結論すれば、先住民族であるオゴニ族などに代表されるナイジャーデルタの地域住民にとって、石油の発見に百害はあっても、いまだ一利も得られていないのだ。</p>

<p><br />
■ナイジェリア少数民族を取り巻く根本的な課題。</p>

<p>ヴァレバさんたちCEHRDの活動を端的に表現すれば、環境を保全し、人権を擁護し、教育などの力で地域コミュニティを開発することだ。このうち環境については石油開発に環境配慮を求める法規制を実効化させ、すでに発生した環境被害については開発サイドのコストで収拾の措置を求める闘いを続けている。外国石油企業から獲得した賠償金は、地域住民の生活の権利を回復するための原資となる。</p>

<p>さて、そんな事実関係を整理すると、根本的な疑問が残ることに気付く。なぜこの国では革命が起きないのか？　ここで〈地域コミュニティの開発〉というキーワードが浮上する。</p>

<p>ナイジェリア共和国は36州からなる連邦制で、国民は250以上の民族で構成されている。そもそも北部のイスラム教圏と南部のキリスト教圏に二分されているのだが、近隣の部族間にも文化や言語の隔たりは大きい。この点をヴァレバさんにぶつけてみると、苦笑いとともに「ボクたちアフリカの少数民族は、理解し合うのが難しいんだ」と返ってきた。実際にこの夏、かつての宗主国であるイギリス法曹界の援助を得て、ボド地域原油流出事故の責任を問うべくイギリス高等法院でのロイヤル・ダッチ・シェル提訴に漕ぎ着け、歴史的な勝訴となって賠償金を得る道が開けたのだが、原告団はあくまでもボド地域の住民であって、オゴニ族全体を代表するものでも、ナイジャーデルタに暮らす少数民族全体を代表するものでもなかった。</p>

<p>CEHRDは、活動のゴールに「ナイジェリアの地域コミュニティの間で架け橋となる」ことを挙げている。</p>

<p><br />
■根強く残るのは、ヨーロッパ社会の目線の高さか。</p>

<p>アメリカの大手投資銀行ゴールドマン・サックスがBRICsに続くネクストイレブンのひとつに数え、南アフリカとエジプトに次いでアフリカ大陸で第3位の経済規模を持つナイジェリアには、本来であれば次のフェーズに進むことのできるポテンシャルがあった。北部の乾燥地帯でも南部の熱帯雨林でも農産物は豊かで、世界有数の生産量があった。ところがその多くが、石油産業への過度の依存で見捨てられた。</p>

<p>その背景には、かつてアフリカ大陸を「第三世界」と呼んではばからなかった、ヨーロッパ社会の傲慢があるのではないだろうか。一致団結して戦略的に主張することを得手としない純朴な少数民族たちを相手に、ヨーロッパ社会と、そこに結託した腐敗政権は、状況を恣意的に操作することで利益を囲い込んできた。つまりこれは、内政問題も絡んだ南北格差問題であり、形を変えたABS＝遺伝資源の利益配分の問題でもあるのではないだろうか。</p>

<p>それに対して私たちが、国際社会の一員としてできることはなにか。内政問題はナイジャーデルタ出身の現職であるグッドラック・ジョナサン大統領の良心に期待するとして、まずはナイジャーデルタの問題を、表面ではなく構造として理解することだろう。それは単純な利権や環境の問題ではなく、深刻な人権侵害である、と。ナイジャーデルタの人々は、自分たちの足元から石油を奪われているのではなく、自分たちが拠り所としてきた生活の権利を奪われているのだ、と。</p>

<p><br />
■ナイジャーデルタは、自らの手で未来を切り拓こうとしている。</p>

<p>故郷の窮状と、それに立ち向かう活動の様子を淡々と報告したヴァレバさんは、講演の締めくくりをこう結んだ。</p>

<p>「この夏の裁判でボド地域が勝ち取った共同体への補償、汚染の除去、被災住民への個別補償が他の地域での提訴につながれば、もはやシェルは環境配慮を無視した開発ができなくなるはずだ。私たちは原油流出事故が過去のものになることを願っている」</p>

<p>「そして皆さんには、ナイジェリアと日本との間に共同研究グループを作り、ナイジャーデルタの環境悪化と取り組むための技術的、専門的知識の提供をお願いしたい」</p>

<p>アムネスティ・インターナショナルでは現在、ロイヤル・ダッチ・シェルのピーター・ヴォーサーCEOに対し、インターネットで署名を集めてナイジャーデルタの汚染除去と補償を求めるオンラインアクション（<a href="http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=4335" target="_blank"><u>http://www.amnesty.or.jp/modules/wfsection/article.php?articleid=4335</u></a>）を展開している。汚染除去を目的とする独立した基金設立の初期費用として10億ドル、加えて被害を受けた地域コミュニティには補償を求めるという大規模な要請だ。</p>

<p>しかしながらナイジャーデルタの石油が生み出す利益は、ナイジェリア政府が享受している分だけで、年間150億ドルともいわれている。仮に国営石油開発会社に地域住民が参画できていたら、その膨大な利益をもたらしてくれた母なる大地の、未来のための投資が、そもそも最初から可能だったかもしれないのだ。</p>

<p>ナイジャーデルタの人々が求めているのは、単に金銭ではなく、単に昔の生活を取り戻すことでもなく、自分たちの手で持続可能な未来を切り開くための、静かな力なのだ──と、強く感じさせられた。</p>

<p><br />
■本当に変わらなければならないのは「私たちの目線」かもしれない。</p>

<p>2007年から2008年にかけ、ドイツの衛星ペイTV「Sat.1」で放映された『GSG-9 対テロ特殊部隊』は、世界の警察の特殊部隊のお手本として認知されるドイツ連邦国境警備隊（現在は連邦警察局）第9部隊を主人公としたシリーズだ。エピソードの背景にヨーロッパ社会の現実を描いて好評を得た、大人の味付けで楽しませる骨太のドラマだった。イタリア、ブラジル、中南米諸国など他国でも人気を博し、日本でもWOWOWなどで全話が紹介されている。</p>

<p>その全25話の中でも、第2シーズンの第6話と第7話「Hochspannung Teil」は、唯一の前後編展開となった力作だ。邦題「メルトダウンの危機」の通り、ガソリンスタンドでの人質事件に端を発した外国人テロリストの動きは、数万人が集まる野外コンサート会場の爆破から、原子力発電所の占拠へと進展する。</p>

<p>未見の方には申し訳ないが、実はこのテロリストたち、ナイジェリア解放軍という設定になっていた。彼らの出身地では海外企業（ドラマではドイツのエネルギー会社）による原油採掘が巨大な利益を生んでいるが、自国の政府は腐敗して、地域には利益が還元されることもなく、住民は飢えるばかり。それをマスコミを通じてドイツ国民に訴えるべく、テロ行為を展開していく。事実は小説より......というが、まさにナイジャーデルタの現実を、ニュースではなく物語のテーマとして家庭のTVにガツンと突っ込む気概が、製作陣にはあったのだ。</p>

<p>このドラマ、有料チャンネルであるにもかかわらず、ドイツ国内だけでも延べ400万人が視聴したとされている。ヨーロッパの中でもドイツには、フランスと並んで移民政策が国内問題化している、国家間の問題や民族間の問題には敏感な国情でもあるだろう。しかし、それにしても人口8000万人の国でこのドラマが広く受け入れられたという事実には、私たちはもういちど「世界の見方」を考える必要があるのかも知れない、と感じてしまう。</p>

<p><br />
写真・文／ブウニイ ブウ（ジアスニュース）<br />
</p>]]>
        
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    <title>岩手の復興のカギは、古き知恵にあり</title>
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    <published>2011-12-20T09:52:41Z</published>
    <updated>2011-12-20T09:57:04Z</updated>

    <summary>伝統文化の再発見で復興を目指す、SAVE IWATEの取組み</summary>
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        <![CDATA[<p>岩手県山田町には、直木賞作家の三浦しをんが「小説のすべてがありますね」と評した伝承がある。『遠野物語』第99話におさめられているその一編は、明治29年に三陸海岸を襲った大津波から、一年後が舞台。</p>

<p>津波で妻と子を失った福二という男が、夏のはじめの月夜に、亡くなった妻と再会する。ふりかえって笑う妻のかたわらには、嫁ぐまえに心を通わせていたという、別の男の姿があった。いまはこの男と夫婦だという。未練の言葉をかけて妻を泣かせても、彼女の心は戻らない。二人は去り、夜明けまで福二は呆然と立ちつくしていた。その後、彼は病んだ。</p>

<p>という、短く、せつない物語だ。</p>

<p>東北学の提唱者で、東日本大震災復興構想会議委員でもあった赤坂憲雄はこう言う。「この小さな物語によって、明治29年の『三陸大津波』はくりかえし記憶を蘇らせる。物語は記憶の大切な媒体（メディア）である」。伝承をていねいに掘り起こして「人としての身の丈に合った暮らしの知恵や技を、民俗知として復権すること」を赤坂氏は説いている。</p>

<p>一方、東日本大震災の被災者は、岩手県の山林でクルミを拾い集めた。</p>

<p>三陸地方に多く自生している鬼クルミを、1kgにつき250円で被災地支援組織であるSAVE IWATEが買いとったからだ。もともと、岩手では「おいしい」という意味で「クルミの味がする」という言い回しが使われていた。かつてはハレの日に食べるご馳走だったのだ。その風習が廃れてしまったいまでも、木は残っているので、クルミの実は拾い放題。SAVE IWATEのもとには20トンものクルミが集まった。</p>

<p>もともとSAVE IWATEは盛岡を拠点に、被災地各所への物資運搬や情報提供をしていた。事態のフェイズがかわるにつれ、被災者でもできる手しごと「復興ぞうきん」プロジェクトを行い、さらには、東北の大地に文字通り眠っていたクルミを使って、産業を興す取組をはじめている。現在、クルミを使ったお菓子や料理、さらには殻を使った工芸品や園芸用品まで、複数の企画が進んでいる。</p>

<p>岩手県には、東北には、さまざまなものが隠されていて、それを上手に活かしていくことが、「復興」につながるのだろう。</p>

<p>SAVE IWATEは、岩手県三陸沿岸の祭・民俗伝統芸能情報をまとめた「復興カレンダー」を製作した。WEBサイトにはこう紹介されている。</p>

<p>「岩手県は郷土芸能の宝庫といわれ、沿岸部には約250団体の郷土芸能が伝承されています。（中略）この度の震災により、多くの芸能団体が尊い命と共に道具や衣装を失いましたが、御魂の供養をと、お盆の頃からわずかに残った道具を持ち寄り活動を再開している団体が多くありました。仮設から通って太鼓を叩き始める人、泥に埋もれた山車や道具を洗い清める人、それはまさに鎮魂と祈りの姿でした。三陸沿岸の人々はいま、震災を乗り越えるために歩み始めています。カレンダーを見る時、三陸復興に思いを寄せていただけましたら幸いです。」</p>

<p>そもそも「まつり」には、非日常のことに時間をかけて、地域の縁を強化するという機能があるといわれる。この町に誰がいて、誰がいないのかを把握する。ひとつのものごとに向けたプロセスを共有する。そうすることで、いざというときの対応力が高まるのだ。困難に立ち向かうための伝統的な知恵が、そこにはあった。</p>

<p>「復興カレンダー」は<a href="http://bit.ly/uPkk5q" target="_blank"><u>こちら</u></a>から手に入る。あなたも、東北の知恵を、宝を見つけてほしい。</p>

<p><br />
文・写真／瀬戸 義章</p>]]>
        
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    <title>第30回：我が家のご近所発電所。水道が電気をつくる!?</title>
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    <published>2011-12-19T05:56:24Z</published>
    <updated>2011-12-19T06:14:15Z</updated>

    <summary>駅近、小学校に隣接したマイクロ水力発電所----東京発電の鷺沼発電所</summary>
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    <category term="顔の見えるエネルギー" label="顔の見えるエネルギー" scheme="http://www.sixapart.com/ns/types#tag" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://theearthnews.jp/feature/">
        <![CDATA[<p>渋谷から急行で15分、東急田園都市線鷺沼駅から歩いて5分ほどのところに、小さな水力発電所がある。川崎市上下水道局の鷺沼配水池を間借りしてつくった出力90kWのマイクロ水力発電所で、年間発電量は55万kWh。一般家庭約160軒分の電力を発電する。発電所の隣には小学校。フットサル広場、子どもの水遊び場、保育園や高齢者施設なども隣接している。</p>

<p><br />
■"いまある水道"に、発電機をくっつける</p>

<p>「みなさん、"水力発電"と問われて思い浮かべるものは、水車小屋の水車でしょうか？　ダムのそばにつくられた大きな水力発電所でしょうか？」</p>

<p>市民向けの自然エネルギーの勉強会に招かれた東京発電マイクロ水力ブループの富澤晃さんは、最初にこんな問いかけをした。水を活用する点は同じ。しかし、大規模ダムでは水を利用するために環境破壊を伴う大規模開発を行うのに対して、水車に象徴される小規模な発電では、水道や農業用水など、ほかの目的のためにつくられた既存の水の流れに、あとから発電機を付け足していく、という点に根本的な違いがある、と富澤さんは続ける。</p>

<p>東京発電は東京電力グループで、水力発電事業を中心とした発電所の開発・　運用・保守・点検を行う。特に近年力を入れているのが、上下水道施設や農業用水など、身近なところに眠っている未利用エネルギーを活用するマイクロ水力発電事業。「Aquaμ（アクアミュー）」というビジネスモデルで、水道局や農業用水路を間借りして東京発電が発電主体となり売電収入を得るビジネスモデルと、水資源の所有者が自ら発電主体となり東京発電が技術面をサポートするテクニカルアドバイザリーの両側面から展開している。</p>

<p>　<br />
■どこにでも水車をつけられるわけではない</p>

<p>一般に、発電出力が1000kW以下の水力発電は「小水力発電」と定義され、なかでも100kW以下の場合は「マイクロ水力発電」と呼ばれる。上下水道や農業・工業用水、河川や湧水など、すでに他の目的で整備されている水を活用して発電することに特徴があり、ローコストで開発できることから、今後の伸びが期待されている新エネルギーと言える。</p>

<p>水力発電の仕組みは、規模の大小に関わらず同じだ。水の落差と流量、水車や発電機の変換効率のかけ算で発電出力が計算できる。要は、高いところから大量の水が流れてくれば出力は高いし、緩やかな斜面で少量の水しか流れなければ発電能力は劣る。そのため、水が流れているところならどこでもマイクロ水力発電所を開発できるわけではなく、例えば自然勾配を利用した配水池や農業用水、下水処理場の放流水などで、ある程度の落差があり、常に一定量の水が流れており流量変化が少ないなど条件に恵まれているところが適している。仮に高低差がなくても、浄水場から送水する流量調整弁の余剰圧力を利用するなど、既存設備を利用できることが開発のポイントとなる。</p>

<p>マイクロ水力発電は、一定の落差と流量が確保できる地点が見つかれば、エネルギー変換効率は平均70-80％程度と高く、太陽光発電の利用率の約12％と比べても抜群に安定していると言える。ただ、富澤さんに言わせると「条件に合致する開発ポイントを見つけるのは決してラクではない。水がなければ発電できないから」。</p>

<p><br />
■夕食や入浴タイムに発電効率が上がる</p>

<p>富澤さんのレクチャーの後、市民グループが向かった鷺沼発電所は、東急田園都市線鷺沼駅から徒歩5分ほどのところにある小さな発電所だ。出力90kWのマイクロ水力発電所ながら、年間発電電力量は55万kWhで、一般家庭およそ160軒分の電力量に相当する。CO2の年間削減量は約180トンで、発電した電力は東京電力に全量売電している。東京発電が売電収入を得て設備投資分を回収していく形になり、川崎市上下水道局は家賃収入を得るというビジネススキームだ。</p>

<p>発電所が立地しているのは、鷺沼配水池の上の敷地を利用してつくられた複合施設で、フットサル場や夏に子どもが水遊びをするカッパーク鷺沼、鷺沼ふれあい広場がある。近くには高齢者向けの福祉施設と保育園、そして発電所の敷地の隣には公立小学校がある。休み時間になると子どもの遊び声で常に賑わっている。</p>

<p>ここ数年、マイクロ水力発電への関心の高まりから、見学の問い合わせが多く、今夏には見学用のハッチを設けた。見学者からは、「近所に住んでいますが、ここに発電所があるなんて知らなかった」「時間帯によって発電電力量に差はあるんですか？」「水車や発電機のコストはいくらくらいで、投資回収には何年かかるのですか？」などの質問が次々に飛んだ。</p>

<p>発電した電力は、送電線にのせるためいったん6600Vに上げて、家庭に配電する時に柱状変圧器（トランス）で100V、あるいは200Vに変圧する。「マイクロ水力発電で個別に発電した電気が、送電線にのって混ざるのが目に見えてわかった」など、間近で発電機と変圧器や送電線を観察したことは、市民にとっては大きな発見だったようだ。</p>

<p>鷺沼発電所は、標高83.4mの潮見台浄水場と標高78.0mの長沢浄水場から標高60.0mの鷺沼配水池まで、地形の高低差を利用して自然流下で配水している。鷺沼のように勾配があり下流に人口が多い地域は一定の流量を最初から見込むことができ、特に夕食時など家庭で水を多く使う時間帯の流量が多くなる特性がある。発電所を案内した東京発電マイクロ水力グループの濱田督子さんが「サッカーのW杯観戦の時に、ハーフタイムでテレビのCMが入ると、一気に流量が上がるので、発電効率も高くなるんですよ」などと分かりやすく例えたため、参加した市民にとっても、自分の生活に密着した"ご近所発電所"の動きに親近感を抱いていたようだ。</p>

<p><br />
■マイクロからピコへ。小規模分散型の主力選手</p>

<p>今後開発拠点として期待できるのは、鷺沼配水池のように、下流側に人口が多く一定の流量が見込める上水道や、下水処理量が多く放流落差が高い下水処理場など。また、埼玉県営大久保浄水場からさいたま市大宮配水場までの送水ポンプの水圧の流量調整弁の余剰分を利用して発電するなど、人口が多い南関東で24時間365日ある程度の流量が見込める場所の開発ポテンシャルが高い。また、群馬県高崎市の若田浄水場のように、川から浄水場への取水地点にクロスフロー水車を設置して発電するなどの事例もある。</p>

<p>上水道に水車を設置する場合は、既存の水運用に影響を与えない範囲での利用が条件となる。マイクロ水力発電に使用する設備は水道ポンプと同等の耐久性があり環境負荷がないもので、配水管などはバイパスにして既存の水道設備に影響を与えないほか、災害時など万が一の時は自動で既存設備から切り離しができるようにしている。水道局としても、水運用に何の支障もなく家賃収入が入る、新エネルギーのポイント増加に寄与するなど双方にとってメリットが大きい。</p>

<p>マイクロ水力発電所で採算ベースにのせるには、50kW以上の出力が求められるが、東京発電ではさらに小さな規模での発電にも力を入れているという。例えば山間部の無電化地域で、イノシシや猿などによる畑の被害を防ぐための農業用電気柵を設けるために、低落差低流量に対応した「滝用水車」を開発して設置している。電気柵のために電線などの送電インフラを引いてくるよりも、小さな水車を設置して電気柵の電源のみに利用するほうが、安くあがるという。20kW未満の出力であれば、新型水車の採用で初期投資を軽減し、運用保守面でも経費も削減できる見込みから、現在実証実験を進めているという。</p>

<p>来春には再生可能エネルギー固定価格買取り制度（FIT）が施行される。FITの施行後、ますますマイクロ水力発電へのラブコールは増えるだろう。富澤さんは「マイクロ水力発電を一緒に普及する人が増えてほしいと思っています。そのためにも我々がもつ経験とノウハウを公開し、マイクロ水力発電が分散型の電源の普及に寄与するよう励んでいく」と語る。</p>

<p>人口密集地にも、再生可能エネルギーの開発ポテンシャルはある。我が家の「ご近所発電所」があちこちの町にできる日も、そう遠くないはずだ。</p>

<p><br />
写真・文／キタハラマドカ（ジアスニュースライター／<a href="http://morinooto.jp/" target="_blank"><u>森ノオト</u></a>編集長）</p>]]>
        
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